サルワタリ・アトリエ 一級建築士事務所

デザインコンセプト

常にシンプルであること。

それは、素材の選択から設備、細部の納まりに至るまでの考えの基本となっています。

 

同時に環境との関わりをより深く考えるようにしています。

例えば、光の入り方ひとつで、随分と空間の印象を変えてしまうものです。

 

外部(環境)をどのように見せ、光、風、緑などを如何に内部に導くと気持ちのよい空間になるか?

そういうことが興味の対象として計画の中心にあり、環境との相対としての自然なカタチ(建築)であることを願い、

デザインの普遍性をより意識しながら思考するようにしています。

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設計ノート

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ペットと暮らす家

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ちいさな家

要求された空間を片流れの大屋根で覆った計画。

要望にあがった「掃除のし易さ」をコンセプトに、リビングダイニング、水回り、寝室といった掃除の種類と頻度によるゾーン分けで作業の負担や、し易さをプランの工夫により軽減。そのゾーニングによって廊下動線が無くなり、結果的に効率の良い明快なプランとなった。

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3つの環境が織りなす家

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線の家

5つの箱の家

大きな吹き抜けのある家

3つの環境が折混ざる家

ペットと暮らす家

ビルトインガレージの家

3つの庭を内包する家

ちいさな家

シークエンスを楽しむ家

リフォーム

記憶の家

木格子の家2

木格子の家

日本家屋の外観はそのままに、内部を全く違うデザインで更新した3世帯住宅

都市計画道路による壁面後退に伴う耐震補強とリフォーム

古い倉庫を住宅にリノヴェーション

行灯のような木格子

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けんちくラボ

アジアンバラック 東北

アジアンチックな風景。

最もアジアらしい建築の一端をみるような景観である。増築に増築を重ね、元の原型を留めていない建築が折り重なる。材料も適当にあつらえた、その場しのぎとも言えそうな代物で構成されている。当然、増築の許可を取っているとは考え難い造りだ。屋根の上にさらに屋根、そのまたさらなる上に屋根。

「親亀の背中に子亀を乗せて、子亀の上に孫亀乗せて…」という、あれと同じような状況だ。

表通りは整然としているが、裏側の川に面する部分だけが酷い状況になっている。そのあたりは、すごく日本的であると言えるのだが...この状況、ひとつには、木造という文化的背景がそうさせているのだと思う。特に石の文化であるヨーロッパでは、あまり見かけない景観である。あり合わせの材料で造ったと見て取れる、その場しのぎ的な印象もアジア独特のものだ。

そういう雑然とした中に、木造文化の軽やかさと陰影が織り成す風景というものに、いたく興味を覚えるのである。

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けんちくラボ アーカイブ 

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サルワタリ・アトリエ について

会社名:サルワタリ・アトリエ 一級建築士事務所

住 所:岩手県花巻市大迫町大迫2−35−2

電 話:0198−36−1747

FAX:0198−36−1748

e-mail:info@saruwatari-atelier.com

 

一級建築士事務所登録 (い)第1562号

管理建築士:猿渡 浩孝

 

 

 

業務内容

建築設計・監理業務、家具デザイン、地域計画、建造物の調査

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猿渡 浩孝

さるわたり ひろたか

プロフィール

1964年大阪生まれ。

幼少の頃は、女の子と遊ぶ機会が多く、ママゴトをして遊んだりした。絵を描く事が好きで、暇さえあれば漫画や絵を描いていた。教科書はパラパラ漫画本と化していて、いつも先生に怒られていた記憶がある(汗)

物を作る事も好きで、色んなガラクタを集めては、好きなように組み立てて遊んだ。

そして、昆虫といたずらが大好きな少年だった。

 

中学校では、剣道部に所属。ちばてつやの「おれは鉄平」と吉川英治の「宮本武蔵」や、宮本武蔵の「五輪の書」が当時のバイブル的存在だった。宮本武蔵は持っているだけでその気分に浸れた。

 

工業高校機械科卒業時、航空機の整備士になりたいとの強い思いで、民間航空会社への就職を希望するが、不運にもちょうどその年から航空会社からの枠が来なかった。進学してその道を目指す事も少しは考えたが、親に負担をかけたくなかったこともあり、残された道は航空自衛隊しかないと、あっさり入隊。

F-4EJ(ファントム)火器管制装置整備初級課程を経て、宮城県第4航空団松島基地に配属。1年後、火器管制装置整備中級課程を経る。T-2期のブルーインパルスの整備にも携わる。空士長に昇進したが、そもそも航空機整備の足がかりとしての自衛隊入隊であり、更には適性試験で戦闘機や輸送機のエンジン、機体の機械系整備員としてではなく何故か苦手だった電子系整備員での配属ということもあり、3年の任期満了を前に、将来の進路について熟考する。もっと違う道もあるのではないかと思い始めた。

 

絵を描くことや、ものを作る事が好きだったこともあり、何かしらデザイン関係の道に進めないかと一念発起。一旦社会人となった身であるため、やはり親への負担を一切かけたくないと新聞奨学生をしながら、東京のデザイン学校に通う。朝夕の配達や深夜の集金業務の辛さに何度も挫けそうになるが、周囲の人たちに助けられ、何とか卒業まで漕ぎ着ける。

 

卒業後、團+青島建築設計事務所に就職。

建築家團紀彦氏、青島裕之氏両師、並びに諸先輩方の建築観に触れ、このとき初めて建築の世界に目覚める。この事務所に就職していなかったら今の自分は無かったと言えるほど、運命的な出会いの事務所だった。

とはいっても然るべき学問として建築を学んできた身ではなかったため、ほとんど建築の理論は知らない状況だった。

 

実務レベルをクリア出来たと自負した4年目で、團+青島事務所を退職し、半年かけて世界一周旅行に出かける。なるべく空路を使わないルートを選んだ。最初に中国に鑑真号で渡り、上海から長江を船で遡り、雲南省からタイへと越境する。タイを経てインドをほぼ一周し、パキスタンからトルコのイスタンブールへ飛ぶ。地中海に浮かぶ珠玉の島ミコノスに酔いしれ、ギリシャのパルテノン神殿に圧倒される。ホテル代を浮かせるためにユーレイルパスを駆使し、都市から都市へと移動は夜行列車限定で、ヨーロッパ各国を回った。ベルリンの壁の崩壊が記憶に新しい時期であり、バルセロナでは夏期オリンピックが開催されていた年であった。ガウディにガツンと胸ぐらを掴まれ、ミースに詰られ、コルビュジェに翻弄し、その存在を身近に感じ、建築家の仕事の緻密さと偉大さを知る。見るもの全てが血となり肉となった。スペインのマドリードから空路でニューヨークに入り、グレイハウンドバスでロスへとアメリカ大陸を横断し、そして帰国。著名な建築、都市を肌で感じ自分の目でみて学ぶ、といった建築の物理的な面での学習効果も大きかったが、異国文化に触れ感じることこそが、建築の世界を生きていく上で、必要な感覚を身につけるのには好都合だったと思える旅だった。

いわば世界中の様々な都市が学校であり、そこに住む人々が教師だった。

 

東京で知り合った花巻市大迫出身の女性と帰国後結婚し、岩手に移住を決める。

2000年 サルワタリ・アトリエを設立。

当初、二級建築士でスタートした事務所だが、一級建築士の免許を取得し、現在に至る。

 

 

取得資格

一級建築士

岩手県木造住宅耐震診断士

岩手県高齢者向け住宅リフォーム相談員

 

所属団体

公益社団法人 日本建築家協会登録建築家(正会員)

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ブログ・SNS

趣味や興味の対象、

雑多な日常を綴ります。

3.11の震災以後、物事の本質ということを少し意識するようになった。巷には、物や情報が氾濫し過ぎている。それら氾濫した事物を取捨選択し、自宅の改修を実験的モデルとしながら、建築の本来の意味を問い直そうとする計画。

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